神聖ヰリヤ帝国・TOPへ〈UNCLE〉養成学校で1日講師をつとめたソロが、過去の牢番のなぞの死と、奇怪な暗号を解きあかす。

9マイルは遠すぎる……か?

三、

晩めしをはさんで、さらに数勝負。そして数本の空きビンを倒してぐらりと酔うと、ふと教官はこんなことを言い出した。
「ソロ、きさまのその見事な推理力でもって、もうひとつ、おれの長年のなぞを解いちゃくれねえか?」
「はあ。なんです?」
「……カーロフっておぼえてるか? ここで長年、牢番してた男だ」
「ああ」
ソロの脳裏に、顔色の青黒い、無口な男のすがたが浮かんだ。年齢は不詳。巨体なのに猫背で、いつも広い肩をゆすり、片脚ひきずって歩いてたっけ。やや知能の発達に問題あり、というウワサだった。正しい名はカウロスとかいうらしいが、みんなカーロフとしか呼ばなかった。ボリス・カーロフ(※フランケンシュタイン役で有名な怪物役者)そっくりの図体と、ご面相をしていたからだ。

「たしかにカーロフは、ことばもろくすっぽ喋れん奴だったが、気長につきあってやると、わりといい奴だったよ。どういう頭の構造になってんだか、字もろくに書けねえくせして、めっぽうチェスが強くてな。このおれとサシで勝負できるのは、この島じゃ、あいつだけだった……」
「知ってますよ。ときどき教官のかたがたと、チェス指してたの見かけましたから。……そういえば、ここへ来てから見かけないな。かれ、どうかしました?」
「……死んだよ」
「死んだ?」
「だれにも言うなよ。これは現場を見てた連中だけの、公然の秘密ってことになってんだ」
教官はソロにぐっと顔を近づけると、声をひそめて話しはじめた。
「あの金髪坊やが、同期より1ヶ月遅れで卒業して、この島を出てった日だ。おれや他の教官が、坊やの乗った船が遠ざかってくのを見送ってたら、カーロフの奴が物かげからいきなり走り出て、海に身を投げたんだ。突然のことで、おれたちゃ呆然としちまって、止めるひまもなかった。
脚をひきずって歩くような奴が、ここらのフカがうようよいる荒海に飛びこんだんだ、ひとたまりもねえや。船はもうずいぶん小さくなってたから、坊やはなんにも知らなかったろうがな」
「信じられないなあ。あの人が? いつも無口で、表情がなくて、かれには感情なんてないんだとばっかり……」
「みんなそう言ってたよ。じつは、おれもな」
しばし黙りこんだあと、ソロは用心深い口調で訊いた。
「つまり、教官殿は……カーロフ殿の死は、イリヤのせいだとおっしゃりたいんですか?」
「いや」教官はそくざに否定した。「誓って言うが、おれの知るかぎり、あの金髪坊やに罪はなかったと思う。おれ以外の教官たちもみな、おなじ意見だ。坊やはだれより必死に課題や訓練をこなしてて、毎日それで精一杯だった。でなけりゃここは、最優等で卒業できるような甘っちょろいとこじゃねえ。それは、きさまもよく知ってるだろうが」
「はあ。しかし……」
「おれの長年の謎ってのは、つまり、そいつだ」
教官のことばに力がこもった。「遺書はなかった。ろくすっぽ字も書けねえ奴だったから、あるわけねえがな。ただ、カーロフの部屋に残ってたノートに、みょうな絵が書き残してあってな」
「……絵が?」
「うす気味悪りぃことに、なんでか絞首台と、松葉杖の絵なんだよ。それだけがノートいっぱい、どのページにも、くりかえし、くりかえし描いてあってな」
「……?」
「そんなもん残したおかげでカーロフは、じつは〈THRUSH〉の工作員か、情報提供者だったんじゃねえかってウワサが立った。ノートのみょうな絵は、つまり〈THRUSH〉に情報を送るための、暗号だったんじゃねえかってわけだ。あんな絵で、いつ、どうやって情報送ったのか、見当もつかねえがな」
「……そのカーロフ殿のノートって、いま、どこにあります?」
「おれが持ってる。おれにとっちゃ、ありがたくもねえ形見だけどな。探せばどっかにあるはずだ。おれもさんざ頭ひねったけど、結局、なぞのままだなあ……」

しばし考えこんだあと、ソロは思いついた疑問を口にした。
「カーロフ殿は長年、牢番としてつとめたあと、突然そんなふうになったんですか?」
「ああ。いま考えてみると、あの金髪坊やが暗号課にいた、ちょうどその時期だ。やつの様子が急に変わったのは」
「……カーロフ殿ってそもそも、どんな人だったんです?」
みじかい沈黙のあと、教官は、しみじみした口調で語りはじめた。



「カーロフの奴ぁもともと、ここらの島で、漁師どもの手伝いをしてたそうだ。あらしで漁船が難破したとき、この島に流れついて、奴だけ生き残った。大ケガ負ってたが、一命はとりとめたんだ。
ああいう奴でなけりゃ、この島の秘密保持のために即、抹殺されたろう。どうやらことばも喋れねえらしいが、どうしたもんかと、とりあえずクーラー(営倉)に放りこまれた。
当時の看守のじいさんは、おれに負けねえほどのチェス狂でな。あるとき、じいさんとおれが一勝負やってるとこを横からのぞきこんで、カーロフの野郎、くすくす笑いやがった。何だきさま、判りもしねえくせに。笑うくらいなら次の一手、おれの代りに差してみやがれ。おれがそう怒鳴ると、カーロフはいそいそ格子のすきまから手を伸ばして、一手差してみせた。……その日から、じいさんとおれは2人して、カーロフの助命嘆願に動いたよ。
身元を洗ってもらったら、すでに故郷に身よりもなくて、もといた島では厄介者あつかいだったと判った。ちょうどそのころ、牢番のじいさんが心不全でポックリ逝った。ものはためし、臨時にカーロフに牢番のあとがまやらしてみたら、怪力はあるし、サボろうって悪知恵もねえし、ヒマみて誰かがチェス指しに通ってやりさえすりゃ上機嫌で、単調な仕事に文句も言わねえ。養成校の営倉じゃ、たいして凶悪な囚人もいねえし。ここの牢番としちゃ、ハマリ役だった」
「……」

沈黙がおちた。すこし考えてから、ソロは慎重に口にした。
「暗号課に指名されて、イリヤだけが居残ったさいごの1ヶ月、カーロフ殿は挙動不審になった。そしてイリヤが島を離れた直後、海に身を投げた。……たしかに、疑われても仕方ないですねえ」
「そうだ。カネで転んだか、弱みでもにぎられたか……あいつがそんな理由で寝返るとは思えねえが……ま、よくは判らんが、その任務に失敗、そのため海に身を投げて自決、と。いちおう、つじつまは合ってるよな?」
「はあ」
「ま、ウワサでしかねえけどな。暗号課の調査では、とくに情報漏れの気配はなかったそうだ。だから、あの金髪坊やには何も知らせてねえし、おとがめもなしだ。が、おれはスッキリしねえ。どうしても信じられねえんだ。あの、チェスのことしか頭になかったカーロフが、裏切り者だったかもしれねえなんてよ」
「……」
「もしかしたらカーロフは、知恵遅れのふりしてこっちを油断さしてたんじゃねえか、なんて言い出す奴までいてよ。すべて、ただのウワサだ、証拠があるわけじゃねえ。だが、カーロフが〈THRUSH〉の手先だったって疑いが晴れたわけでもねえ」
「……」
「金髪坊やにおとがめはなかったが、とばっちり喰らったのは、このおれだ。この島じゃ、カーロフといちばん親しかったからな。おれも〈THRUSH〉に寝返ってんじゃねえかって、身辺調査された。ま、疑いはすぐ晴れたが。……それでも、カーロフといちばん親しかったのに、裏切り者と気づかなかった間抜け野郎って汚名は消せねえまんまだ、こん畜生め」
「……」
「なあ、何とかしてくれよ、ソロ。カーロフはやっぱり裏切り者だって結論が出ても、それはそれでいい。ただ、はっきりさせてえんだよ、おれは」
「お話はよく判りました。が……このまえイリヤがこの島に来たとき、なにも訊いてみなかったんですか?」
「それは……これから話す」
一気に長年の思いを打ち明け、話し疲れたのか、教官は伸びをし、新しい酒ビンを取りに立ち上がった。

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